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逗子能狂言公演8年目、逗子こども能7年目

柴田稔/
観世流シテ方能楽師

2016.02.26 UP

2016年2月28日(日)は午前中に「逗子こども能発表会」、そして午後は「能狂言公演」と、逗子文化プラザホールが日本の伝統芸能に彩られる一日です。今回のインタヴューでは、逗子こども能の指導者であり、能狂言公演においては能《羽衣》でシテを務められる能楽師・柴田稔さんに登場していただきます。2005年のホールオープン後、能舞台のない逗子で、なぎさホールを使った能狂言公演がホール自主事業のラインナップに加えられたのが2007年、続く2008年には逗子こども能がスタートしました。また柴田さんは逗子文化プラザホールのアウトリーチ事業「アート便」でも能の講師として市内小中学校を訪問され、能狂言公演に先立って行われる「能楽事前講座」でも登壇されています。600年もの歴史を超えて受け継がれ、世界遺産でもある能の能楽師として、そして長きにわたり逗子に能の心を伝えている柴田さんの言葉をお届けします。お読みいただいたらぜひ講座・公演にご来場ください!

逗子で過ごしてきた年月。

柴田氏:開館10周年めでとうございます。逗子文化プラザホールとは開館3年目の2007年度の能狂言公演からのおつきあいになりますので、もう8年程になりますね。それまではこの地域での活動は行っていませんでした。葉山に友人がいて遊びに来るくらいで(笑)。当時のホール職員の方からお声をかけていただき、逗子との繋がりができました。今では、能狂言公演の翌年から始まって現在7年目の逗子こども能、そしてアウトリーチ活動でもホールとご一緒し、個人的には「るりの会」という大人のためのお稽古場も交流センターの方で持たせていただいています。

ホールの印象。

柴田氏:能舞台のない逗子で能をやるということでは、例えば国立能楽堂は600席ちょっとのキャパシティがあるのですが、なぎさホールの550席程というのは大きさとして本当にちょうどよいと思います。ホール舞台上に、橋掛かり(舞台下手の揚げ幕から本舞台に向かって伸びる廊下部分)を作り、本舞台には松の絵が描かれた板を立てて、「仮設舞台」と言ってはいますが、いわゆる能舞台の雰囲気を再現できています。そうした空間で、お客様と場の空気を共有し、お客様の気持ちを掴んで一体化して演じるところに面白さを感じています。こちらの呼吸の仕方にお客様も合せてついてきてくれているのがわかる、そうした中で演じられるのは大切ですし、なぎさホールではそれがしっかりできます。なぎさホールは音響もとてもいいんじゃないかと思いますね。最後列のお客様までしっかり聴いてもらうために、それほど声を張らなくても十分届いているという感覚があります。ただ、能楽堂ではないので、舞台には脇正面/中正面がなく、「正面」だけになります。しかしそうではあっても、そのために演じ方を工夫していますので、ホールならではの表現がご覧いただけると思います。間もなくなぎさホールで能狂言公演が行われますので、多くの方にぜひお運びいただければと思います。前日の能楽事前講座では私も講師として出演者の立場からお話しします。

能の愉しみについて。

柴田氏:能と言うのは、登場人物の台詞や演技や音楽でもって舞台上で繰り広げられる物語を追っていき、それを楽しむというものではありません。能舞台は言ってみれば殺風景ですし、見えるもの、聞こえるもので説明できるという世界ではないと思っています。アクションやストーリーの面白さがわかるから、能がわかるということではないんですよね。動きは決まった「型」によってなされますし、ストーリーがあってないような作品もいっぱいありますから。能は人間の内面の美に焦点を当てているものです。私も舞台に立つときは、外からは見えない喜びや悲しみといった人間の普遍的な感情を自分の身体を通していかに表現するかということを追求していますし、それが能の仕事だと思っています。また、洗練された日本語の美しさにもぜひ耳を傾けていただきたいですね。舞台上に見えているもの、聴こえてくるもの、それらの向こう側に何が表現されているのかを味わっていただく、ここに能の愉しみがあると思います。

能楽師への道。

柴田氏:私の家系は能とは全く関係ありません。関西大学在学中、能の好きな友人から誘われて能を観るようになりました。それで興味を持ち、大学のサークル活動でも能を選び、能の稽古をするようになったのです。卒業後、美術系の出版社に職を見つけて上京したのと同時に、銕仙会の観世榮夫(かんぜひでお)先生の開いていた教室へ稽古に通うことにしました。銕仙会は能楽の最先端を行っていると思っていましたし、憧れもありました。仕事をしながらの稽古を1年程続けた頃、榮夫先生から銕仙会へのお誘いの言葉をいただいたんです。銕仙会では学生から入門し、能楽師になって活躍している人もいると聞いていました。自分としても大きな賭けではありましたが、能が好きでしたし、その道に精進することを決めて正式に入門しました。その後、青山の舞台(銕仙会研修所)に住み込んでの修業生活を6年半程過ごしました。師匠のそばにいると、段々と、師匠が今何をしたいのか、どうしたいのか、そのために自分が何をやるべきなのかを考えて行動するようになりました。組織の中で、物事の流れの中で、自分の役割をどうとらえるか。そうした考え方は書生時代に苦労して修得したもののひとつです。決まった時間に稽古に行っているだけではきっと身につかなかったと思います。書生として寝食すべて含んだ生活の中で能を体得していったのです。

アート便の目指すところ。

柴田氏:ホールの文化事業の一環であるアート便というアウトリーチ活動で、逗子市内の小中学生に能を教える機会を毎年持たせていただいています。もちろん限られた学級数や生徒数、そして少ない時間の中ではありますが、もしそれで能の面白さをわかってもらえるとしたらもちろんそれが一番ですけれども、それよりも将来的に、子どもたちが大人になっていく中で、能にまた出会った時、その時ぜひアート便のことを思い出して欲しいです。過去にそうして一度でも能に触れたことがある、装束の着付けを観たことがある、見よう見まねであったとしても謡や仕舞を体験したことがあるというのと、全くそうしたことがない場合とでは、能との向き合い方が随分違ってくるでしょう。子どもたちの感想も「大変だ」「難しい」ばかりではなく、「観るのとやるのとでは全然違って楽しかった」「日本の伝統文化ってすごい」というように、何かしら感じてくれている。現代は本当に興味の対象が多岐にわたっていて、日本の固有の文化でもなかなか生活の中には入ってこない。能に興味があるといっても、なかなか能楽堂までいらっしゃる方は少ないですから。アート便の経験が、時間がたってかすかな記憶になってしまっていても、大人になった子どもたちの背中を押す何らかの力になってくれたら嬉しいです。

逗子こども能について。

柴田氏:逗子こども能は、月に2回程度半年間稽古し、発表会を行うまでが一連の事業になっています。アート便についてお話ししたことと同じで、参加した子どもたちには謡や仕舞を稽古したこと、身をもって体験したことを財産として成長して欲しいと思っています。こども能の見どころは、どれだけ上手に謡や仕舞ができるようになったかということだけではなくて、子どもたちがいかに元気よく楽しげにやっているか、一所懸命にやっているかというところでしょう。それが伝わってくると、観ていて元気がもらえるんです。子どもたちには、きちんと正座をして、仕舞を始める時や立つ時は凛として、また座る時も同様にということを繰り返し言っているのですが、そうした姿を見ているだけで気持ちが良いんです。自分の番が来て、すっと立って、すっと舞の動きに入る。当たり前のようで、なかなか難しい。それこそ、躾じゃないけれども、習慣の中でやっていかないとできない。そういう能の稽古を通して、伝統芸能に接したからこそ獲得できる態度や身のこなしがあるんです。靴を脱ぐときはきちんと揃えてというようなことも厳しく言っていますが、例えばこれまで玄関で靴を脱ぎすてていたような子どもが、何かに気づいて、自宅でも靴を揃えるようになったとしたら、これはその子どもにとっては大きな成長だと思います。私はそうしたことも謡や仕舞と同じくらい大切に考えて子どもたちと接しています。

能狂言公演について。

柴田氏:《高砂》は、和歌の神様=文化の神様である住吉明神が神舞(かみまい)を舞い、この世の繁栄・幸福を寿ぐという内容です。半能として、《高砂》の後半部分、いわば“祝言だけの世界”を観ていただくかたちになっているので、ホール開館記念にふさわしい演目であると思います。狂言は《佐渡狐》ですが、比較的言葉がわかりやすいので、「佐渡に狐がいるかいないか」の言い争い、ドタバタを笑って楽しんでいただければと思います。《羽衣》は能の中で上演回数のとても多い作品です。しかしそのほとんどが小書き(こがき=特殊演出)付で上演されていますが、そのことによって詞章がカットされてしまいます。《羽衣》の舞台になっている三保の松原の美しい情景が、まるで天女の住む天上そのもののように描かれているのですが、それもぜひご覧いただきたいと思います。《羽衣》の能作者が描こうとしたすべてを、作品が誕生したそのままのかたちで上演します。2月28日、なぎさホールの能舞台でどうぞご覧ください。前日の27日には同じホールで講座もあります。お待ちしております。

逗子こども能2015発表会の詳細:http://www.bunka-plazahall.com/event/3979.html

能狂言公演の詳細:http://www.bunka-plazahall.com/event/3742.html

能楽事前講座の詳細:http://www.bunka-plazahall.com/event/3753.html

(聞き手:逗子文化プラザホール)

柴田稔

柴田稔

シテ方観世流。1957年生まれ。大学を卒業後、故観世榮夫及び故八世観世銕之亟(人間国宝)に師事し、能の修行を始める。1985年『淡路』のツレで初舞台。1990年『小鍛冶』で初シテ。銕仙会の中堅として重要な存在であり、今後の活躍が期待される。1978年、1989年の世阿弥座ほか欧米の公演に多数参加。青葉乃会主宰。重要無形文化財総合指定保持者。

柴田稔 公式ブログ
http://aobanokai.exblog.jp/

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