イベントレポート「H ZETT M ピアノ独演会2022 二月 -冬 逗子の陣-」2022年2月19日(土)開催

ホール主催の催しの感想や雰囲気をみなさまに発信する活動をしている“情報発信ボランティアライター”の方によるレポートをお届けいたします。

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 鼻の青いピエロが弾くピアノ?無知を良いことに闇鍋的に訪れるなぎさホールのコンサート、いつも嬉しい予想外に出会える。会場は今日は又、随分観客が入っているなという感じだ。
 開演のベルが鳴り、H ZETT M氏登場、と、お?なんだ、この熱烈な拍手は?演奏が始まる前からすでに会場が熱い。舞台上には不思議な光を出す小道具。H ZETT M氏は、ぎくしゃくとコミカルな動きをしながらピアノに近づき、演奏が始まった。イントロから、微かな不安と共に光や様々な電子音が明滅する、何とも言えない不思議な感覚を呼び起こす音楽だ。キリコの絵の輪回しをする少女が駆け抜けて行くような、レイ・ブラッドベリの描くSFの世界のような…。いや、どうも、これは天体望遠鏡で撮った宇宙をのぞくような感じに近いかもしれない。若い女性が多く、H ZETT M氏の一挙手一投足に拍手が上がる。子どもたちもいる。
 天井には照明で星や水の環が映し出され、H ZETT M氏独特の実験音楽の第一部は終了した。
 打って変わった第二部、ぎくしゃくと不自然な姿勢で座ったH ZETT M氏の指先から、ほとばしるように切れ目のない音が流れ出した。まるで滝の傍で流れる水音を聞くように、凄まじい勢いで包むように、音がホ―ル全体に響き、反響し、包み込む。ホールの音響の素晴らしさを痛感、スタインウェイはさぞ嬉しかっただろうと思うほど、あらゆる鍵盤が踊るように、自在に音を生み出し、そのスピードたるやジェットコースターのようだ。それでいて、演奏者の体には一切、全く力が入っていない。
 彼の「無重力演奏」という言葉の意味が初めて分かった気がした。音の一つ一つは粒でありながら、全体は波動になっている―あ、これは、「光」だ、と思った。
 世界で絶賛されるH ZETT M氏の音と技術は一体どういう訓練でどう体を使って生み出されているのか、とても知りたくなった。そこはかとないユーモアは、ヴィジュアルとともに、『北風小僧の寒太郎』をモチーフにしたりするサービス精神にも溢れている。あっという間の約1時間45分、アンコールを求める拍手も、実にリズミカルだ。若い女性たちの幸せそうな笑顔に包まれて、コスミックなコンサートは幕を閉じた。

ボランティアライター 不破理江

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 公演のチラシで、初めて彼の存在を知りました。「H ZETT M(エイチ・ゼット・エム)」。海外でも活躍中のジャズトリオバンド“H ZETTRIO”のピアニスト。チラシには、黒いハットに、目の周りを黒く縁取り、鼻が青いピエロメイクのような男性がピアノを弾く写真が…。何やら難解そうだなと胸騒ぎを抱えて席に着きました。
 ステージには、川を模した図柄の描かれた大きなえんじ色の暖簾が下がり、中央にグランドピアノ、床には配線コードがとぐろを巻き、古いアメリカ映画に出てくるジュークボックスのようなマシンが鎮座していました。そこに、黒ハットにワイシャツとチノパン姿の“H ZETT M氏”が、PCを抱えて登場。漫画の登場人物のような滑稽な動きに場内からクスクスと笑いが起こりました。イスに座るや、PCを繋いだり、ジュークボックスのようなマシンから音を出したりと、せわしなく動く“H ZETT M氏”。やはり、普通のピアノのソロコンサートではないな…。
 唐突に、雨音のような電子音をバックに、静かで、美しいスローな旋律が鍵盤から流れ出ました。過激で難解な音楽を想像していただけに、意表を突かれました。次は一転して、ゲーム音やアニメの擬音をバックに、電子キーボードピアノも駆使し、『鉄腕アトム』の主旋律を織り込んだ、SFチックで賑やかな曲。その後も、鮮烈で美しい曲(バックにロシア語の演説、日本語の館内放送、三味線の音!)、ワルツのような軽やかな曲、即興風のまさに超絶技巧の怒涛の速弾き(電子キーボードでエレキギターの速弾き!)と、おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかで、楽しい時間が続きました。前半最後は、美しくロマンチックな曲。でも終わって退場する時には、手を振りながら扉の横の壁にぶちあたるという道化ぶり。
 後半は一転して、舞台にはピアノ1台のみ。“H ZETT M氏”も黒のスーツ(でも道化の化粧と黒ハットはそのまま)で登場し、ピアノ一本勝負!武満徹ばりの前衛的な現代音楽、クラシック風のメロディアスな旋律、≪北風小僧の寒太郎≫和風ジャズアレンジと、多彩な曲構成。そして何より圧巻の指運びに、感動と爽快感が走りました。
 終わってみて、なぜ彼がピエロのような格好をしているのか考えました。私が聴いてきた前衛ジャズ、実験音楽には、怒りや叫びがありました。でも、彼の音楽には、“喜怒哀楽”の“怒”がありませんでした。他人を“喜”ばせ、“楽”しませるばかりのピエロは、実は孤独で、時にポロリと涙を流す、ちょっと“哀”しい存在です。そんなピエロの立ち位置が、“H ZETT M氏”の音楽性に通じるところがあったのではないかと思えてなりませんでした。

ボランティアライター 三浦俊哉

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