ディスカッション~エンディング

ファシリテーター(逗子文化プラザホール前館長 遠山 浩司 様)
20年の歴史となると想いが溢れますね。まずは森川さんにうかがいます。オープニング実行委員会のメンバーであり、逗子アートフェスティバルの企画制作、そして湘南ビーチFMとして“地域の文化”を客観的に見続けてこられた立場から、20年間で大事にされてきた価値観、これから大切にしたい視点を教えてください。

 

森川 いつみ 様湘南ビーチFM チーフパーソナリティ)

ギャラリーの「20年を振り返って」を見ながら、懐かしさと濃密だった日々を同時に思い出しました。私は市民公募でオープニング実行委員に入り、ポップス部門の部会長を務めました。開館式の日、なぎさホールの響きに今までにないほど感動したのを覚えています。プロの皆さんから「使いやすいホール」と言われ続けるのは、施設と人と人との結びつきの結果。逗子には演劇や音楽を心から愛する市民が多い。だからこそ、市民が楽しめる企画を、使いやすい器で、この基本をこれからも大事にしていきたいです。

 

ファシリテーター
ありがとうございます。では文化協会の佐藤さん、文化祭や公募展を通して見えてきた“逗子の底力”について、お願いします。

 

佐藤 朋子 様(逗子市文化協会 副会長)

文化協会は戦後まもなく文化祭を始め、今年で第73回。なぎさ・さざなみ・ギャラリーを会場に、毎年、市民の作品があふれます。美術協会の公募展では、会員数を上回る応募が続き、出品の約6割が一般市民という年も。作品3日展示の短い会期でも、逗子の「創るちから」「観る眼」が確かにあると感じます。これからも、市民に寄り添う場づくりを続けます。

 

ファシリテーター
続いて、文化振興基本計画の推進会議にも関わってこられた山口さん。市民委員の視点から“いま”の手応えをお願いします。

 

山口 歓三 逗子市文化振興基本計画策定・推進会議メンバー

会議では修繕予算や実施困難案件の議論が多く、「活用しきれていないのでは」と感じた時期もありました。今日の皆さんの話しを聞き、開設当初の関係者のご努力に改めて感謝すると共に、現在の現場が想像以上に前向きに動いていると実感。まずは私自身が足を運び、地域ネットワークに行き、ホールの良さを広げたい。市に頼り過ぎない、市民横断的な連携の場づくりも必要だと思いました。

 

ファシリテーター
“横のつながり”は今日のキーワードですね。文化団体・主催者の名刺交換会を年2回、チラシ持参歓迎、最後は交流会も兼ねて、プラザでやりたいですね。では、本川さん、逗子文化の会として“歴史をつなぐ”取り組みを教えてください。

 

本川 祐治 様逗子の文化をつなぎ広め深める会

2000年代初頭、文化・教育ゾーンの検討のころから関わっています。最近は“歴史ハイキング”で、点在する史跡を物語で面としてつなぐ試みを続けています。古代から近世までの逗子の断片が、歩くことで一本の線になる。次は、さざなみホール等で朗読+映像+音楽を組み合わせた“歩きたくなる前夜祭”のような企画をやりたいです。皆さんの活動とつながると、もっと立体的になるはずです。

 

ファシリテーター
ありがとうございます。続いて行政側から、岩佐さんお願いします。

 

 岩佐 正朗 様(逗子市市民協働部 部長)

2005年の開館、07年の交流センター開館、09〜11年の条例・基本計画策定、14年以降の指定管理への移行。2005〜2015年は文化政策の濃い10年でした。コロナ期の臨時休館も経験しつつ、今日の話で「市民とともに歩んだ20年」の重みを再確認しました。公共施設の使命は“人が集い続ける”こと。これからも来館者を増やせるよう、行政として環境整備と発信を強めます。

 

ファシリテーター
本日欠席の打楽器奏者、Ensemble Classica Zushi代表 音楽教室Kleine Schule(クライネシューレ)主宰 斎藤梨々子さんからメッセージを頂いていますので、代読します。

 

斎藤 梨々子 様からのメッセージ———————————————————————————————————————————————————————————

逗子文化プラザホール開館20周年、おめでとうございます。

文化プラザが開館した当時、私は檜佐木小学校の5年生でした。まだ新しいなぎさホールで音楽鑑賞教室を受けた記憶は、今でも鮮明に心に残っています。

あれから20年。振り返ってみれば、和足はこのホールとともに育ってまいりました。

母が主宰するピアノ教室の生徒として、久木中学校の吹奏楽部員として、音大受験を目指す高校生として、そして現在は、逗子に根ざした音楽団体「Ensemble Classica Zushi」の代表として、また打楽器奏者として。さまざまな立場で、成功も失敗も、数えきれないほどの経験をさせていただきました。

20年のあいだには、スタッフの皆さまとの出会いや別れもあり、まわりの環境も変化してきました。特に2020年以降の数年間は、世界中の劇場・ホールがその在り方を問い直される未曾有の時期となり、逗子文化プラザも例外ではなかったと思います。私たち利用者にとっても、運営する皆さまにとっても、試行錯誤と粘り強さが求められる、非常に厳しい日々だったのではないでしょうか。それでも灯を絶やすことなく、音楽や芸術の場を守り続けてくださったことに、心より感謝申し上げます。

私は逗子に生まれ、逗子で育ち、そして今、逗子で子育てをしています。だからこそ、このホールがこれからも市民にとおて身近な文化芸術の拠点であり続けてほしいと願っています。同時に、このホールがさらに開かれた場所となり、

・逗子でしか生まれ得ない独自の芸術活動が育っていくこと

・逗子市民が、都内に行かずとも、自分のまちで多様な文化に触れることができること

・市街の人々も、「ここでしか観られないものがある」と感じて逗子を訪れてくれること

そんな場所へと、さらに進化していくことを心から期待します。私自身、利用者の一人としてその役割を果たして参りたいと思っております。

20周年、本当におめでとうございます。これからのさらなるご発展を、心よりお祈り申し上げます。

齋藤 梨々子

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ファシリテーター
続いて、みんなでアートを主催する宮沢さん。インクルーシブの現場からお願いします。

 

澤 久美 様逗子市文化協会 事務局 みんなでアート主宰)

障害のある方と地域のサポーター、プロのミュージシャンが混ざり合って、ファッションショー、ピアノ、朗読などを発表してきました。ここ2年は“Live Inclusive”としてプロと一緒にセッションも。逗子は「来てみたら意外と近い」と言われます。イベントが“逗子に来る理由”になり、住みたくなる理由にもなる。満足して帰る笑顔を見るたびに、このホールの価値を実感します。

 

ファシリテーター
ありがとうございます。最後のラウンドです。まずは小学校の現場から、杦山校長、続いて交流センターの細野館長お願いします。

 

杦山 英廷 様逗子市立逗子小学校 校長)

日本でも珍しい小学校併設の複合施設の一角を担う立場として、今日の学びは大きかったです。なぎさホールでの芸術鑑賞は、子どもたちに“本物の音”を届ける貴重な機会。今年は6年生全員で海自音楽隊のコンサートを鑑賞。サックスの最初の一音で子どもたちの表情が変わるのが見えました。未来を育てる学校と、本物を体験できるホールの連携をこれからも広げたいです。

 

細野 裕 様(市民交流センター 館長 )

プラザ・交流センター・図書館・小学校がワンブロックにある奇跡を、日々体感しています。私は“My Center”と呼びたい。使う人一人ひとりの拠点として、打合せから何かが生まれる場所に。もう一つは発信力。内外にもっと届けば、逗子に来る人・住む人が増えるはず。力を合わせて取り組みましょう。

 

ファシリテーター
では本日の締めくくりとして、市民の立場から奥野さんにお願いします。

 

奥野 花代子 様逗子市文化振興基本計画調査評価会議メンバー・前博物館学芸員)

長く博物館の現場にいました。触れて学べる場が人を変える、それを逗子でも実現したい。

いずれは逗子ならではのミュージアムができたらという夢も語りたいですが、まずはこの文化教育ゾーンの強みを活かし、誰もが参加できる文化体験を増やすことが大切だと思う。静けさは守りつつ、人が集い、学び、誇れる街へ。今日のお話を聞き、そんな未来が見えました。ありがとうございました。

 

ファシリテーター
キーワードは「市民が主役」「横のつながり」「発信の強化」「本物の体験」。20年のレガシーを次の10年へつなぐため、ここからまた一歩進めていきましょう。

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ヴィオラ奏者・作曲家: 美間 拓海 様

エンディングは、逗子市出身のヴィオラ奏者 美間 拓海氏に、「夏は来ぬ」と「われは海の子」をメドレーで演奏いただきました。

海と山に囲まれた自然豊かで穏やかな逗子をイメージしたアレンジで,会場が優しい空気に包まれました。

 

 

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